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「TERROR テロ」高校生モニターから感想が届きました

観客の皆さんが実際に投票し、その結果で判決が変わる異色の法廷劇「TERROR テロ」絶賛上演中です。本日1月18日マチネの結果はなんと1票差!連日僅差の結果が出ております。

そんな本作を15日に行われた公開ゲネプロでご覧になった高校生モニターの皆さんより、感想をいただきました。率直な感想の数々をどうぞご覧ください。そして、劇場でぜひ、あなたもこの裁判にご参加いただければと思います。

東京公演は1月28日(日)まで、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演しております。また、2月には兵庫・名古屋・広島・福岡公演もございます。

公演情報→ http://www.parco-play.com/web/program/terror/


この度「テロ」を観劇し、まず今まで見たことのない劇のスタイルに大変驚き、劇の世界観にあっという間に引き込まれてしまいました。観客自らが投票するという点に関しては、自分があたかも劇の一員であるかのようで、より劇を楽しむことができました。
また、役者の方々の演技が上手なあまり、まるで本当の裁判所にいるような感覚を覚えました。
劇の内容は、法律や正義について考えさせられるものでした。非常に難しい主題でありながら、高校生にも理解できるストーリーでした。私自身は悩んだ挙句有罪に投票しましたが、結果は無罪となりました。判決文を聞き、果たして自分の考えは正しかったのか、未だに悩んでいます。非常に難しい問題ですが、私たちはこの究極の問いから逃げてはならないのだと感じました。
劇の内容、演出、役者、すべてにおいてとても素晴らしい作品でした。


まず、見に行く前に裁判が題材ということで、どう法廷を表現するのかなと気になっていました。被告や証人の証言を客席側を向かせてするだけで裁判の雰囲気を壊さず表現していて感服しました。役者がホリゾント幕の下から出てくるのにもかなり驚きました。演出の工夫が面白かった分、内容が少し聴いていて重いのが辛かったです。重い、といっても罪の有無や所在などではなく、実際の裁判宜しく役者1人が一回に喋る量が多い。脚本原作が海外の方なのでいまいち世界観にも入りにくく、舞台を見ているのが少ししんどくなりました。もちろん自分の理解力や想像力が欠如しているせいもあります。演技面では被害者の妻の証言での悲痛な叫びが深く印象に残っています。今回の観劇で学ぶことが多くありました。面白かったです。


今回の作品、私は事前情報無しに観劇しました。コッホが検察側から問い詰められ「私がどのように答えても嘘になります。」と言った時私は何かが心に刺さりました。こういう時私だったら綺麗事を言っていると思って、そこにいるコッホに一種の尊敬の気持ちが生まれその中で動いた色んな感情に感動を覚えました。


「TERROR テロ」は、登場人物のほとんどが難しい内容を話していて、観劇している側もかなり頭を使わなければならない作品でした。しかし、聞いているとストーリー全体がちゃんと繋がっていてとても考えさせられました。
セリフは1人の長ゼリフが多く、もし自分がこれを覚えなくてはならないとしたら、と考えると少し怖かったです。特に弁護士を演じていた方はとても長いセリフなのに、話している最中の抑揚がきちんとついていて聞き取り易かったです。他の方の話し方も観ていると自分にないものが多く発見でき、とても勉強になりました。自分が今度演技をする際に参考にさせていただきます。
舞台はテロを中心に進んでいく、題材がとても重いものだったので、観ている最中とても考えさせられました。有罪か無罪かどちらにしようかずっと考えながら観ていました。これは誰に聞いてもはっきりとは答えを出せず答えが割れてしまうような難しい議論でしたので、役者の方の役作りも大変そうだなと思いました。私もこのように人によって意見が分かれるような難しいテーマの作品を演じてみたいです。
観ていて創作意欲が湧いてきました。ありがとうございました。


有罪か無罪か。それを観客である私が決めなければならない。これはかなりのプレッシャーで、投票するその瞬間まで迷いがありました。私がすごく感じたのは、「人を裁く」ということは、本当に難しいということです。

裁判は物事の事実を裁いているように見えますが、わたしには弁護人と検察官の遊びのように見える時がありました。被告人をなんとしても無罪にするためにさまざまな文献やこじつけを使って陪審員に無実を訴える弁護人、原告を守るために根拠、事実を悲劇的に語り有罪を突きつける検察官。本来は「加害者と被害者」というシンプルな図式なはずが、なぜか「弁護士と検察官」という関係になっているように感じました。またそれを裁くのが今回は一般人で、それぞれこ考え方、知識等によって結果は全く変わってしまいます。果たして裁判とは誰のためにあるのか、当事者でないものが話を聞いただけで裁く権利があるのか…。深く考えさせられました。

「アンチゴーヌ」学生モニター感想(3)

舞台「アンチゴーヌ」東京公演は絶賛上演中です。

学生モニターの皆さんの新着感想文をご紹介いたします。

公演は27日(土)まで新国立劇場 小劇場<特設ステージ>にて上演!残り公演が日々少なくなっております。気になる感想文があったら、ぜひ皆さんも劇場へ足をお運びください!

「アンチゴーヌ」公演の詳細はこちら→http://www.parco-play.com/web/program/antigone/


アンチゴーヌとクレオンが持つそれぞれの意思やプライド、大切な人への恩など、自分にとって大切なものが、時に人生を狂わせ、最終的にアンチゴーヌの死へと繋がってしまったことに、恐怖を感じました。アンチゴーヌとクレオンに、権力や家柄などの運命がなければ、二人はもっと幸せに暮らせるはずだったのかな、と私は思いました。

アンチゴーヌが処刑される直前のシーンにある、衛兵に遺書を書かせるところが、私はとても印象に残りました。何気ないような会話が、この後の処刑のシーンをより残酷で、切ないものに引き立たせているのかなと感じました。

衛兵に書かせた遺書は彼女の独白であり、誰にも打ち明けることのなかった本当の気持ちを知って、とても切なくなったのと同時に、アンチゴーヌが社会に抗いながら、自分の信念を貫き通す強さに、とても感銘を受けました。


公演が始まる前に、私はすでにこの芝居に心を掴まれていたのだと思う。
ホールに入ってすぐ、目に飛び込んできたのは、場を細く長く区切る十字形の舞台。周囲は壁に囲まれていて、十字の端だけが開いていた。
円形舞台を観るのは初めてだったので、余計に期待とわくわくが募った。
2人芝居(※1)とは、こんなにも見入るものだっただろうか。
役者の息遣い、ちょっとした仕草、台詞の間合いの取り方、その全てに劇中の人々のこれまで過ごした人生が垣間見えて、それまでの人生そのものに入り込んでいるようだった。
照明、音響、舞台装置と心理描写の表し方が素晴らしかった。
特に最後の天井から砂が流れ落ちてくるシーンは、こぼれていく砂がアンチゴーヌの誰にも理解されなかった思いや涙のように感じて、あの砂がこぼれなくなる日は来るのか、いつかそんな日が来るように、と願わずにはいられなかった。

※1 パルコ注:「アンチゴーヌ」はいわゆる二人芝居ではありませんが、アンチゴーヌとクレオンの二人だけの場面がなんと45分にわたって展開されます!


率直にいうと、想像以上。
私は観る前にネットでアンチゴーヌのホームページに載せてあったあらすじを読んだ。国に反逆した罪にお墓をたててもらえず野ざらしにされた兄の死体を、重い刑に処されることを知りながら兄に土をかけ続けるアンチゴーヌ。そのような内容をざっと見た時に、私の中でのアンチゴーヌのイメージは、兄思いの純粋な、聖女のような清らかな少女。と、神話や聖書に出てくるような(あくまでも私のイメージです)いかにもオチは神様が救ってくれるような「善人」を思い浮かべていた。
だが実際は全然違った。アンチゴーヌという1人の小さな少女の中には燃え盛る情熱の炎があり、孤独に対する悲しさや、世の中に対する憎しみがあった。一番私の心の中に残ったのは、
兄の死体に土をかけるのは、誰の為でもない、自分の為。という言葉と、
小さな幸福はいらない。私は全てが欲しい。そうではないと死んでしまう(うろ覚えだが...)
という言葉だ。叔父であり王であるクレオンと議論した時の言葉だ。アンチゴーヌがまるで1枚、また1枚と自分の本性を暴いていくような感じがし、聞いていくうちに緊張が背中を走った。
自分の信念や感情を曲げたくはない。誰かに規制されるような、縛られるようなことはされたくはない。理不尽のない自由が欲しい。彼女は途中から狂ったように笑って叫んでいたけど、その内はただ真っ直ぐに己のまま生きたいという、言えば純粋のような思いがあったのではないかと私は思う。
建前で自分の心に嘘をついたクレオンに批判し、そんなのは間違っている。どうして自分を偽ってしまうの?と、現代の日本で生活している私達にも通じるような問いかけに、私はこれから考え始めるのだろう。
今回の舞台を観て、アンチゴーヌがもし王女でなかったら。もっと自由に生きられる立場であったら。彼女の人生は全く違うものになったかもしれないと考えると、私は言いようのない気持ちになる。
だが私たちはアンチゴーヌとは違い、死刑を天秤にかけずに自分の思いを声に出せる。ある程度の環境の違いはあるが自由に行動することが出来る。私は彼女の生き様を、一つの舞台に出てきた少女の人格、と捉えるだけにはしたくない。今一度私は私自身に向き合ってみたいと思えた。


私は、アンチゴーヌの婚約者エモンにすごく共感した部分があり、そのことについて書きたい。王である父を尊敬し、理想としていたエモン、そして婚約者であるアンチゴーヌを心から愛していたエモン。その2人を同時に失ってしまった彼の絶望は想像を絶した。何よりも「父親がアンチゴーヌを死なせた」という事実は、何よりも受け入れ難いことだと思う。しかし父との最後の会話の中で、エモンは、人間として自分は父親を超えてしまったことに気づいたのだと思う。もう親子ではなく、ただの人対人になってしまったのだと。そのエモンの絶望が私の胸には強く残り、自分だったらどうするか…と考えた。親子というのは繋がりの深いもの、今までずっとそう思っていたが、実はそうではないのかもしれない。大人に近づくにつれて、かつて抱いていた大きな大人の像が崩されるのかもしれない。私は大人から見ても尊敬できる大人になりたいと思った。


舞台の形が十字でセンターで交差する形になっていました。最初のシーンで人が行き交い無意識のうちに出会っていてその関係性が後半で出てくるのが面白かったと思います。音響のあの音楽は何か人間の生活を彷彿とさせて登場人物一人一人の生活や人生を考えてしまいます。壁に照明を当てて使うのは初めてで興味深かったが、いまいち意図が分からなかったです。私は自分の心の隙間と隙間で話しているのかと感じました。語り手がその場に生きてはいるが関係性が無くしかし存在しているものでとても面白く思えました。後半3人で王様と話すシーンも3人は1つの何かであってその何かと話し悩んでいる王様が非現実的でありました。それは王にとって檻となっている王という名前であり名声であり立場なのかと感じました。アンチゴーヌが洞窟へ行くとき手を天まで差し伸べていたのが生きたいという気持ちがとても心苦しく感じさせました。一人一人の考えや、それぞれの関係性が舞台セットや照明が演出をしていて興味深い舞台でした。


十字型の舞台を客席が囲む形は、どの位置からもこの物語を近くから感じることができた。アンチゴーヌとクレオンの2人が話しているシーンでは、緊迫した会話を大勢の人が聴いている形になり、上の席から観ていた私は裁判の様にも見えた。舞台袖からアンチゴーヌが歩き出すと、細長い道はショーのランウェイの様にも見え、彼女の足取りがより力強く、意思の込もった一歩に感じさせていた。
序詞が冷徹に語っていたのが、この物語で最も重要なアンチゴーヌとクレオンの感情の動きをより際立たせて見せていたと思う。
私は、アンチゴーヌほど強引にではなくとも、自分が正しいと思った幸せや、生き方を貫きたいので、彼女の選択がとても心強く感じた。


ソフォクレスの原作より遥かに長く引き伸ばされたクレオンとアンチゴーヌの対決。それがアヌイ『アンチゴーヌ』の核だろう。古代ギリシャの年取った男と若い女は、どの時代のどこの誰なのかはっきりしない年取った男と若い女として、装飾のそぎ落とされた舞台の上で二人きり向い合わされる。彼らはソフォクレスが描いた二人よりももっと似た者同士だ。感受性に溢れた娘とかつて感受性に溢れた青年だった男が、ありうべき未来の・かつてそうであった過去の自分に対峙し、互いの心のうちを余さず伝えあう。観客席の私はその様子を凝視しながら、男が人生のある時点でした苦渋に満ちた決断にも、女が男の心を知った上でする苦渋に満ちた決断にも、一方で全く同意し、他方で否応なく共感を覚えながら、二人の葛藤の総量で重くなった頭をもたげてカーテンコールを送ることになった。


散文的なクレオン、情熱的なアンチゴーヌの話。
クレオンの悲しみは、大人であることの悲しみ。嫌なことをやり続けながら、小さな幸福を噛みしめて生きながらえること。アンチゴーヌの目的は、絶対的な幸福をこの一瞬に捕まえること。その為に彼女はクレオンの提案を否定して自ら死を選ぶ。
アヌイによる翻案が素晴らしい。アンティゴネーを活かしながら主題を明確化させることに成功している。たとえば「やるべきか、やらざるべきか」という言葉はハムレットからの引用だが、クレオンはこれに「しかし一度やると決めればやらねばならぬ」と続ける。ハムレット的な悩みは誰にもあるが、そこに留まることは子供的で、大人はそこから進んで行かねばならないことを見事に表していた。
ソフォクレスとの大きな違いはクレオンに出ている。アヌイのクレオンは、アンチゴーヌとエモン、妻の相次ぐ死も歎くことなくただ静かに受け止める。彼の役回りは悪い、だがこんな日でも時間になれば彼は会議室に向かうのだ。この翻案には神が出てこないため、この悲劇の責任をクレオンだけが負うのが印象的。クレオンを演じた生瀬勝久の実力が十分に発揮されている名作。


あくまで自由を求めるアンチゴーヌ、さらにそれによって今また連鎖しようとしている悲劇というものそれ自体を相手にしたクレオンの孤独な戦いが胸に迫る作品でした。特に生瀬さんの演技に感動したのですが、中でもどうしようもなく凡庸な人物である衛兵というキャラクターを、場を緩めることなくさばき、シリアスな雰囲気の中に馴染ませる演技は本当に見事だったと思います。
原作から2千年余り、現実においてもフィクションにおいても数え切れない悲劇を生み出し、悲劇なるものへの自覚を高めすぎた人類が、それでもなおアンティゴネーを美しいと感じるのはなぜなのか、彼女とその一族の物語を必要とするのはなぜなのか、アンチゴーヌはそのような問いに対する非常に美しい解答であるように感じました。最後に蛇足ですが、眼鏡の衛兵さんがとても好きでした。


アンチゴーヌとクレオン、両者の正義に嘘はない。のにもかかわらず、あの理不尽な結末になることを無力な観客は止めることが出来ない。それは、登場人物たちも一緒だっただろう。観劇後、受け止めきれず茫然としてしまった。
複雑な感情をあの主演2人だからこそ単純化せずに伝えることが出来ていた。
主演の2人以外の役も細やかに描かれており、王族の庶民を軽視するような発言によって“どんな階級の人にも同じ人生がある”というのが逆説的に描かれていた。
“ルールと自由”“善と悪”“王族と庶民””現実と演劇”“過去と現在”といったテーマに関して、0か100かではなく、間にある無数の可能性に対して想像力を持とうよ!と終始訴えられている気がした。
栗山民也「演出家の仕事」を読むと、冒頭部分に、
“私たちの生活のなかで何度となく使う「はい」と「いいえ」とのあいだにも、無数の感情や表現がある……「はい」と「いいえ」とのあいだ、あるいは開いた手のひらと閉じた手のひらのあいだに、人間としての無数の感情の襞があることを知らなければなりません。”とあることから、これは栗山さんの永遠のテーマなのだなと確信した。
あとは、十字の舞台美術が興味深かった。照明も明るいため、真正面にいるお客さんたちの顔が常に見え続けるため、ことあるごとに“客としての自分”を感じ、終始冷静に観られた。


「本当の愛」について考えさせられ、人間が社会で生きていく中で出会う「矛盾」「葛藤」が大きく描かれていました。それと同時に理想と現実の壁がはっきりと見える、そんな舞台でした。
それは今の社会にも通じると思います。「嫌いなものを嫌いと言ってはいけない」そうすると、社会からは除外されてしまうから、だからみんな口を揃えて同じことを言う、劇中のアンチゴーヌの葛藤は凄まじいものであり私もとても共感できるものでした。
しかし、逆に「受け入れる」とはなんでしょうか。もし、アンチゴーヌが言われたことをいい、言われたようにする、そのように受け入れたことで何かが変わっていたのでしょうか。今も昔も変わらない、それぞれの「幸せ」や「愛」の形を感じました。
音楽については、それぞれ音の色とシーンの色に少しずれや濁りがあり、そこがまた興味深かったです。
目線から何から、役者それぞれの演技が光り、華があり、それぞれの色が叩きつけられ、その色が最後は混ぜられたそんな舞台だったと思います。
またそれにはパワーがあり、人と人との物理的な距離感、心の距離が一つ一つ丁寧でした。そう思えたのも、素晴らしい演出があったからです。全ての色を計算されつくした演出、とても感動しました。
今も昔も変わらない、「愛」とは残酷で美しいものだと改めて実感しました。そして、なにもかも死ねば終わりなのです。
「大人になるとはどういうこと」なのでしょうか。

「アンチゴーヌ」学生モニター感想(2)

「アンチゴーヌ」学生モニターの皆さんのご感想第二弾をご紹介いたします。今回も歯に衣着せぬ鋭い感想の数々となっております。どうぞご覧ください!


この劇場に来たのは初めてでした。
クロスの舞台を客席が囲む。
舞台セットは、椅子だけ。
不思議な世界観の舞台でした。
アンチゴール役の蒼井優さんが出てきた時、まず細いなって思いました。
役に合わせたのか、やつれてる感じがよかったです。
蒼井優さんは、30代なのにまるで小さな子供が騒いでるような幼さを感じました。
アンチゴーヌの強く、かっこいい姿にとても胸を強く打たれました。
アンチゴーヌの声にならない悲痛の叫びが表情から感じられ観ていてとても悲しくなりました。
自分に自信の無い女の子。
小さな小さな守ってあげたくなるようなそんな女の子でした。
家族のことを思うなら、兄を見捨てて残った姉や婆やを救ってあげるべきなのかもしれません。
でも、それができないのはこの子は純粋すぎるからなのだと思いました。
この作品は誰が悪いわけでもない。
純粋すぎる作品なんだと思います。
アンチゴーヌは、ただ兄を救いたかっただけ。
クレオは、王としてのプライド。
国を収めなければいけない孤独な心。恐れに勝ちたかっただけ。
兵士だって、家族を守るために情けを捨てなきゃ行けなかっただけ。
人間の当たり前な心を純粋に描いただけ。
それが悲劇となってしまった。
結局誰も救われないのです。
それが、とても悔しくて悲しかったです。
アンチゴーヌとクレオ王が自分の言いたいことを叫び続ける場面は、お互いの気持ちは分かるし。
他に、解決する方法も無かったのだと思います。
生瀬さんは、本当にこの王様は悲しい人だと思わせる演技力でした。
作品としては、難しかったのですが、新しい舞台の幅が広がりました。
この作品に出会えたことに感謝しています。
ありがとうございました。


自分は最初に十字型の舞台を見て今まで特殊な形の舞台は見たこと無かったので面白いなと思いました
十字型なので中心に一人いて周りの人が囲むと逃げ場がないという威圧感を感じました
でも十字型なので自分の席の横側の方に人がいると見づらくなってしまったりもするんだなと思いました
劇中で何回か下に降りてきてすぐ目の前に来た時はさらにすごい迫力を感じたのと本当は手を伸ばせばとどいて触れる距離なのに目の前にあるのは全くの別世界で仮に手を伸ばしても触れないんじゃないかと思うほどでした
真ん中の穴に落ちる時途中までは階段に見えたけど途中からは違うように見えたのでどうなっていたのかということと最後に落ちてきていた砂はどのような意味だったのかが自分には分からなかったので気になりました


今回の舞台でまず最初に衝撃だったのがやはり舞台の形です。十字架のような舞台に、椅子が2つ。そして照明が下がっているというなんとも不思議な空間でした。
舞台中に役者さんがすぐ目の前を通るのも迫力を感じました。

そして、世界観も本当に素敵で、蒼井さんの全身で表現する姿や、登場人物の全員が必死に生きていて、心情の変化や事情がとても現れていてリアルを感じました!

内容は少し難しかったですが、視覚が本当にたのしくて、客席にきたときにさす陽のような光や十字架にまっすぐ線を引いたような光、ラジオのような音質の音楽などの聴覚も重なって、全く飽きることなく世界観に引きずり込まれました。


今回観劇できて、本当に光栄でした!
ありがとうございます


1月8日、新国立劇場で舞台「アンチゴーヌ」のゲネプロを見た。
劇場に入ってまず興味を引かれたのは、客席が十字型の舞台を囲むようにして設置されていたことだ。私は今までこのような客席の配置で観たことがなかったので、新国立劇場が全く別の劇場のように感じて、これから何が始まるのか、期待が高まった。
 舞台は、客席との距離が近く、臨場感に溢れていた。舞台を観る、というよりも、見てはいけない世界を覗き見ているような感覚に近かった。
 最初は、自分のしたいように生きたいと強い信念を貫くアンチゴーヌに共感した。しかし、クレオンとの長いやり取りを聞いているうちに、両者とも、自分の主義があり、正と悪の戦いではなく、正と正のぶつかり合いなのだとわかった。これは、現代の世の中にも通じるところがあると感じた。
大人になるという意味や、人々にとって本当の幸せとは何なのか、など沢山のことを考えさせられた作品だった。


目と鼻の先で繰り広げられる人の正義のぶつかり合いに、ずっと見入ってしまった。アンチゴーヌとクレオンが持つそれぞれの信念は、同じ「信念」という言葉で片付けられても全く異なるものに感じた。

アンチゴーヌの、自分の心に忠実に従った、傲慢で何もかも壊してしまうような信念。クレオンの、国の安定を守るがために、たくさんのものから目を背けるという信念。純粋すぎるアンチゴーヌの信念は、結果として己や愛する人の身を滅ぼしてしまう。しかし、本当は自分のことしか守ろうとしておらず、たくさんの人を失望させたクレオンの信念のほうが、私は脆く愚かで罪深いと思う。

でも、今生きる私たちのほとんどの人は、そのクレオンの考え方で生きているだろう。いじめだって、見ているものは「仕方がなかった」と言って自分を守るために息を潜める。怖がって本当に正しいことをしない。確かに声を挙げた先には悲劇が待っているかもしれないが、私にはその道を選んだアンチゴーヌの姿が美しく見えた。「子供だ」と言われたこの信念を、私は大人になっても何とかどこかで持っていたい。

今まで神話を題材とした舞台をいくつか見たことはあったが、毎回どこかで取っつきにくい感覚を覚えるものが多かった。でもこの作品では、舞台の進行がわかりやすく、登場人物の心情をしっかりくみ取る余裕が持てた。また、役者との距離が近いため緊迫した息遣いや表情を鮮明に観られて、物語により入り込むことができた。とても面白く、考えさせられる舞台だった。もう一度見たいと思った。


客席に入った瞬間驚きました。十字型の舞台は初めてでした。終始、反対側に座るお客さんと向かい合わせで緊張が続きました。有り難いことに一番前のお席で拝見させていただき、迫力満点で役者さんが吐かれる唾まではっきり見えました。蒼井優さんは、アンチゴーヌの心の葛藤や狂気を見事に演じられていて、その迫力に思わず口をぽかんと開けて見入ってしまいました。生瀬さんは王としての責任や立場に苦しむクレオの哀愁や威厳を細かく表現されていました。私は終演後、オペラの『アイーダ』を思い出しました。アイーダは愛する人と結ばれるために自ら穴に入っていきますが、アンチゴーヌも自ら死を選び、穴の中で死と共に愛する人と結ばれるという結末はどこか似ていると感じました。私は『人間は亡くなった人を穏やかに忘れていく』という台詞が印象に残っています。人間は儚いと切なくなりました。でもだからこそ、今を大切に生きようと思いました。高校卒業間近に、改めて人間の個々の一生について考えることが出来ました。今回、このような貴重な機会を頂いたことに感謝いたします。


舞台を観て私は、アンチゴーヌが嫌いだ。と思った。1人の人間としてアンチゴーヌが私には受け入れられなかった。
私は彼女に、私に足りていないものを突きつけられた感覚を覚え同時に追い詰められてしまったのだと思う。もしかしたら私の立場はクレオンと同じなのかもしれない。

十字路に設置された舞台は、開場した人達にガツンと強い印象を与える。小劇場の空間を余す事なく使い、アンチゴーヌのスケールの大きさを表しているように感じた。音響、照明とともに凝った印象であり、あの世界観をしっかり支えているように思えた。

私が今回一番、舞台上で目を負ってしまったのはクレオだ。
最初は王の偉大さが彼の背中や仕草、言葉から感じる事が出来た。しかし、終盤に行くにつれ彼の放つ生命力が急に小さくなったように感じた。それはアンチゴーヌの生命力の強さの表れでもあったのだ。

なぜアンチゴーヌは死を選んだのだろう。「今すべて欲しいの。今すべてを感じたい」私はこの一言が全てなのかもしれないと、この問いの先に感じた。
父から受け継いだその傲慢さが逆に彼女を死へと導いたのだ。
そう思うと、彼女の自己満足に付き合わされ全てを失ったクレオンはむしろ被害者だ。同じ立場に立たされた者として私は彼があの物語の後に幸せになる事を密かに願わずにはいられなかった。


「アンチゴーヌ」を観て、圧倒されたという言葉が一番最初に頭をよぎりました。
前日にあらすじを調べてから行ったのですが、実際に見てみると難しくて頭が追いつかなかった所がありました。そのせいもあり、面白かったというよりか、「アンチゴーヌ」という少女の考え方、よくよく考えてみれば、兄を埋葬したいだけなのことのはずなのに、自分だけ違うという感じ、まとめられないのですが、よく分からない感動と言っていいのか、そのようなものが観ていて、心に残りました。
そして、アンチゴーヌが自分から暗い穴に入って行くシーンの演出が印象的で、片腕をあげながら穴に入って行く、これにはアンチゴーヌなりの最後の抗いなのか、全てを受け入れてのあの行動なのか、不思議で印象に残りました。
圧倒されたと最初に言っていましたが、これは見終わった後に、他の舞台なら感想などがポロポロ出るのですが、この舞台はいい意味で有無を言わさない感じがしました。


まず、劇場に入ってすぐ客席と舞台の距離の近さに驚きました。舞台の形は事前に調べていたので想像していたのですが、あまりにも近い舞台に、始まる前からわくわくしてしまいました。
開演してからは、静かな劇場に足音だけが聴こえて、たくさんのキャストさん達が4方向から出てきて、目がもっと欲しいと思うくらい見回してしまいました。緊迫感がもの凄かったです。
この劇は、音響が少なく感じましたが、足音や服がなびく音、役者さんの呼吸の音などがリアルでアンチゴーヌの世界観に惹き込まれました。

私は初めて「アンチゴーヌ」を観ました。どんな話なのか知りませんでしたが、アンチゴーヌの最初の方の台詞でばあやに言い訳をしている所で、「野原が私をまってたの!」みたいなことを言う所かからどんどんと引き込まれていきました。最初は、難しい話かなと思ったりもしましたがどんどんと世界に引き込まれていきました。私は演劇部の公演で大きな舞台に立てたらいいなと思ってきましたが、この作品をこの小劇場で見ることが出来てとっても近くて、小劇場の良さを感じました。こんな舞台も立ってみたいと思えました。そして、私も蒼井優さんのような色々な演じ分けや、細かな演技が出来る役者を目指したいと思いました。表情とか、身体のちょっとした動きが「本当にこういう状況になったらそういう反応するだろうな」という動き、反応だったのでそれが素晴らしかったです。


良かった点
舞台と観客が近いと思いました。単に距離が近いというだけでなく、役者さんの演技の力で自分たちが劇の世界観に引き込まれたような感じがしました。
照明が舞台を引き立てて、舞台の空気を作っていると思いました。特に主張するわけでもなく、気づいたら舞台の空気が出来上がっている感じがすごいなと思いました。

気になった点
音響で大きすぎる部分があった
演出上、音響の音を大きくする部分があるのは仕方ないと思いますが、それにしても大きすぎると思うところ(アンチゴーヌが衛兵に連れていかれるところ)がありました。
舞台の形は十字でなくても良いのではないか?
確かに、横を見る動きがあるので観客は飽きないと思いますが。知らない人と目を合わせてしまったり、死角が出てきたりしてしまうので、十字ではなく、円形や単なる長方形に近いような形の方がすべての客席から舞台全体が見え、良いのではないかと思いました。


劇場に入った瞬間、異様な緊迫感と静けさに包まれました。舞台の形が十字架でその周りに客席がある形は、なんとなく自分もその舞台の一部になったかのような気持ちになります。開演するまでの数分間、声を出すことにどこか緊張を覚えたのはきっとわたしだけじゃないと思います。
内容は難しくて、もう一度観たらちゃんと理解出来るところがあるだろうなって思いました。
考えたことは、大人とはどうなったら大人になるんだろう、ということです。大人になりきれていない子どもと、子どもから卒業しきれていない大人。似てるけど、ちがう。
自分は今、子どもでも大人でもない年齢なので、余計にそうゆうことを考えてしまうのかもしれません。
観た人それぞれが、それぞれの思いを抱く作品だなって思いました。
舞台と客席が近くて、前列の人は手を伸ばしたら届きそうなくらい近くで役者さんが演じていました。役者さんの息遣い、熱量、とてもエネルギーを感じました。
元々蒼井優さんが好きだったのですが、今回初めて出演されている舞台を観て、さらに好きになりました。本当に人の目を惹きつける人なんだなと思います。
またもう一度観に行きたいと思います。


今回の劇の何よりの見所はやはり舞台が十字になっていたことで、観客がこれほどまでに一体している劇に私は初めて出会いました。舞台と席がとても近かったため、蒼さん、生瀬さん初め俳優の皆さんの体からにじみ出る雰囲気や瞬きさえも感じることができ、生声だったことでさらに臨場感を掻き立てられました。また、アンチゴーヌが十字の中央にスコップを刺すシーンや、腕を広げて体を倒れたシーンはキリストを想起させられ、全体的に2時間とは思えない濃密な劇でした。最後に砂が落ちてくる演出は墓を連想させるだけでなく、すべてが崩れて粉々になっているような様子を表しているように感じられ、難しい劇ではありましたがすっきりと見終えることができました。
さらに、私は舞台の照明にとても感動しました。四つの簡素な電球、地面や壁を照らす長方形のサス、アンチゴーヌが実際に処刑される際の舞台の横についていた蛍光灯のような無機質な光、砂が落ちてくる時の照明、すべてがシンプルであるのに一つ一つに意味があってとても考えさせられました。


今回の観劇は駅から劇場に向かう通路でアンチゴーヌのポスターを何気なくみて写真をとるところから始まりました。私はまず劇場に入って舞台に驚きました。
四角や丸の舞台が多く、十字になっている舞台は初めて見たのでこれは今までに見たことのない劇になりそうだと思い、最初からわくわくしていました。ポスターと十字の舞台と向かい合った椅子を見ただけでこんなにも心躍るものかと思いました。
ストーリーについての記憶はあまりありません。
覚えているセリフは
「人生は愛読書だ」
「やりたいときにやるの」
のこの2つです。
なぜこれが残ったのか、はっきりとした理由は分かりませんが。
理解力の乏しい私はストーリー自体はまあまあ理解出来たものの、何が伝えたいのかをはっきりと読み取ることはできませんでした。
私は今回の舞台で蒼井優さんのお芝居が一番心に残りました。
生瀬勝久さんももちろんなのですが、女性であるという点が私の中で大きかったようです。
この劇ではじめて演技の勢いで涙が出ました。自分自身が演じている訳では無いのに、まるでアンチゴーヌの人生をその時間だけ生きたようなそんな感じがしました。蒼井優さんがアンチゴーヌとして出している感情が全て乗り移ってきた気がします。
カーテンコールとの差が凄かったです。2回目の時にほかの役者さんを気遣ってでた動作がとっても可愛かった。
さっきまでの気迫はどこへ行ったのかと。演技でこんなにも変われるのかと思いました。
特に目での感情表現と立ち方の表現がとても勉強になりました。
素晴らしいお芝居をありがとうございました。
カーテンコール後の私は放心状態でした。気持ちが演技によって舞台に持っていかれたためです。
放心状態のままみた行きと同じポスターは、全く違う雰囲気でした。
こんなにもいい疲れを与えてくださったアンチゴーヌ関係者の皆様、ありがとうございました。


まず最初に、舞台の形に驚きました。十字型の舞台は初めてだったので、どのように使うのか気になっていました。
また、椅子が向かい合っておいてあるだけのシンプルな舞台装置も好きでした。
上演中はただただ、役者さん方の演技に圧倒されました。一言一言から感情が伝わってきて、舞台の世界に引きずり込まれるような感覚になりました。また、舞台の下の客席を使うことで、その感覚が更に強まっているように感じました。死を前にしたアンチゴーヌの本心を聞いたとき、切なさで胸が締め付けられるような思いになりました。静かな空間から始まり、だんだんと盛り上がっていき、最後はまた静かに終わる、というのが綺麗でした。最初と最後の方のピアノの単音の「ポーン」という音がとても好きでした。上手く言葉に出来ないのですが、最初は「これから何か起こる予感がする音」、最後は「この出来事がやがて忘れ去られていく音」という感じがしました。一番最後の砂(?)の演出もとても綺麗で素敵でした。
演技、音響、照明、物語、どこをとっても本当に素敵な舞台、作品でした。
本当にありがとうございました!


ストーリーが難しかったのですが、観ていくうちになんとなくわかりました。舞台は映画やドラマとは違って役者のそのままの声が聞けるので、より一層迫力を感じることができました。
今回の舞台は観客が役者を囲む形で、360°いろんな角度から役者の演技が見ることが出来て楽しかったです。舞台だけではなく、客席の近くでも演技をしていたので面白かったです。
私が驚いたのはなんと言っても裏方で、照明の技術が凄いと思いました!特に、細長い光ができてその光に役者が当たった時はとても綺麗でした。普段の明かりも役者の顔が綺麗に見えて自分たちの演劇でも参考にできるところは是非させていただきたいです。私も今やっている演劇で照明を担当しているので頑張ろうと思いました。
今回の観劇を通して思ったことは、舞台は無限でたくさんの楽しさ、面白さがあるということです。次の演劇では私も役者になって演技がしたくなりました。
素敵な機会をありがとうございました!


蒼井優さん、生瀬勝久さんをはじめとしたプロの方の劇を見て、学ぶことが本当にたくさんありました。まず声量と滑舌です。私は声量を大きくしようとすると怒鳴り声になってしまいやすいのですが、役者の方々の声はよく通っていて聞き取りやすかったです。どのように練習しているのかぜひ教えていただきたいです。次に表情です。動きを大きく、ということは私たちもわかっていますし動こうと努力していますが、表情があんなにわかりやすいのは凄いなと思いました。そして私がなにより驚いたのはセリフを同時にいう部分です。きっとものすごくたくさん練習したのだろうと思いますが、相手の顔を見てるわけではないのにぴったり合わせられていたのでとても感動しました。
十字の舞台は初めて見たのでこんなふうに使えるのかと驚きました。照明では、まっすぐ直線に照らす白い光をどうやって照らしているのか気になりました。音響の音は少し大きくて何回かびっくりしましたが迫力があって良かったです。


古典物のプロの劇を見たことがなかったのでとても貴重な経験でした!
そのような機会をいただきありがとうございました。

あらすじを理解するのが難しそうだなと思っていましたが語りがあったこともあってストーリーが把握しやすかったです。
また、舞台装置も斬新で驚きました。
十字に舞台があり、客席が壁に囲まれていることから客席も同じ空間にいるかのような気分になりました。
照明では一直線にのびてる光が印象的でした。
壁に当たって太陽や月を連想させて空間の作り方が綺麗だなと思いました。
役者さんの演技も圧巻でした。長ゼリフが多いのにお客さんを引き込ませる工夫がされていました。舞台をたっぷりつかい役者を近くに感じられ、劇の中にお客さんを入れてあげるスペースを作っているような気がしました。


今回の劇「アンチゴーヌ」を見終わった後
私が第一に思ったことは「難しい!」です。
あらすじは理解できましたが登場人物の心情を理解できないところばかりでした。長ゼリフが多くワードは沢山入ってくるのですがどれがキーワードでどう捉えればいいのかぼんやりしてしまいました。その結果、この劇が何を伝えたかったのかよく分かりませんでした。


後半色々書きましたが素人はこんな風に思うんだくらいに思って下さい。
プロの演劇を観てたくさんの感銘を受けました。ありがとうございました!


アンチゴーヌを見たあと、私はこの話の主題について考えた。見終わった後は、子供と大人の話だと思ったが、少ししてからは愛の話とも思った。最初にそう思ったのは、最後の辺りのシーンが印象に残っていたからだ。アンチゴーヌと王様の言い合いでや婚約者と王様の言い合いで、「大人」「子供」と言う単語が出てきた。「大人の在り方」「子供の在り方」と言うことに主人公以外の登場人物たちは縛られているように思えた。逆に、主人公は自分の思う通りに生きていて、その世界観において異質に見えた。それが話に凹凸を与えていると思った。後者を思ったのは、アンチゴーヌの姉が言っていたセリフだ。「アンチゴーヌが私たちを繋いでいる」このセリフから、アンチゴーヌへの愛が感じられた。それによって、姉は死のうとし婚約者は死んでしまった。また、王はアンチゴーヌへの愛が無いわけではないが、国民への一種の愛で動いていると感じた。なので、この話は、誰かへの愛で動いていると思った。
音響と照明について。
ムチの音響で、今までリアリティーがあったのが、浮いて聞こえた。いっそ本当に叩けばよかったのに、と思った。また、照明で一本線の灯りの演出がとてもよかったと思う。


私はあまり観劇をする方ではないんですが客席に入ってまず、舞台演出に凄く驚きました。自分はよくある長方形の舞台を想像していたので十字のかたちをしている舞台を見た時には驚くとともにこの後どんな劇が待ち受けてるのだろうと期待に胸をふくらませていました。

劇中は役者さん方の迫真の演技を見て圧倒されてました。この悲しみをこの人はこうやって表現するんだな、など考えながら見ることが出来てとても勉強になりました。

照明で、細い直線のように光を当てるような照明を初めて見て緊張感や決して交わることのない二人(アンチゴーヌとクレオン王)の考えなどを表現しているようでとても好きでした。

今回のこの観劇を機に色々な劇を見て回りたいと思いました。とても貴重な体験をさせていただきありがとうございました。


最初にアンチゴーヌの舞台の作りに驚きました。4つの場所から見ることができ、角度によって役者さんの見え方が全然違うという舞台の作りにとても驚かされました。

顔の表情が見えなくても、その人が今どんな顔をしているのか想像できてしまうほど背中からの表現力が高く感動しました。けれども、自分が想像している表情と実際にその俳優さんの表情が同じなのか気になりました。今回私はBブロックから観たので、全ての角度からみたいと思いました。

2時間の舞台があっという間に過ぎるほど見入ってしまいました。蒼井優さんが演じるアンチゴーヌは顔の表情、声色、しぐさ、全てがすごかったです。ドラマで演じていた役柄と全然違い、同じ人なのかな?と思うほど人が違くみえ、プロのすごさを目の当たりにしました。

そして生瀬勝久さんの演技を生で見ることができたのがすごく嬉しかったです。画面ではなく生でみるとやはり感じるものが違くて、顔の表情や声のトーンは、他の誰にもクレオンという役を演じられないと思いました。言葉で表せないほど感動しました。私の中で一番印象に残っているのは目つきです。演じているとき、セリフがないときも目で語っているのがすごかったです。目でお芝居をする俳優さんは素敵でした。

今回の舞台を観て、私は改めていつか自分もこんなふうに舞台に立ちたいと思いました。ありがとうございました。


まず一番驚いたのが客席と舞台との距離、事前に距離が近いというのは知っていたけど本当に驚いたし有名な俳優が目の前で芝居をしているというとがとても嬉しかった。同じ時間を共有出来ているというか本当にその場所にいるかのような感覚でした。自分が舞台上で芝居をしているかのような感覚。
いくつか舞台を観ているし古典もいくつか知ってるがあの臨場感、空気感を肌で感じれたのはとても幸せでした。
舞台を観たという表現より舞台を体験したという表現の方が正しい気がします。
主演の蒼井優さんの演技も素晴らしかった。
美しさの中の狂気みたいなのも感じられた。
生瀬勝久さんの演技も大変素晴らしく迫力がありかっこよかった。
プロの凄みというものを改めて分分かりました。
だけどあの距離感なので全くごまかせないなと…セリフを噛んだのか間違えたのか分からないが言い直しが何回かみられて少し気になった。
多分、いわゆる普通の劇場(プロセニアム形)の舞台なら少し気になる程度なのだろうが、あの近距離だとだいぶ気になるし客席も舞台に平行に向いているので演技をしている場所によっては観にくい所があり残念だった。が、目の前で演技をしている時の迫力はものすごかったのでそこはあまり気にならなかった。
本当に凄いと思います。
蒼井優さんが仰っていた“本当“を感じれました。
初めて本物の“良いもの“を観た気がします。

凄く貴重で充実していて楽しい時間をありがとうございました。


十字型の舞台でその周りを囲むように観客席が並んでいるので、役者の後ろ姿しか観えない時もあったのですが、後ろ姿からでもわかる心情や話相手の反応でどんな表情をしているのか予測するのも楽しかったです。
今座ってる私しかみれない角度からの絵だと思うととっても貴重で最後の砂みたいでした。
エモンとクレオンが舞台をおりて言い争うシーンがあってほんとに間近で、エモンは背中向きだったのですが背中からも空気からも緊迫感や怒りや焦りや悲しみの心情がぐわーっと伝わってきて大迫力でした。
あと最初の方のエモンがアンチゴーヌに愛してると言うのが愛が伝わってきてこっちまでドキッとしました。
役者さんは自由に呼吸して見て話して聞いて動いているようにみえるぐらい自然で生きてました。
そこにまるで偶然のようにセットや音楽や照明が心情にぴったりあっていて素敵でした。
なにより憧れの蒼井優さんが少女で純粋で繊細で触ると壊れてしまいそうなほど綺麗でした。
観れてよかったです。ありがとうございました。


この物語は、ギリシア悲劇ということで、やっぱり、複雑な人間関係や難しいセリフばかりだと思い、正直すこし身構えていたのですが、そんな必要はなかった!その時代のお芝居にあまり馴染みのない私でも、心から楽しめた作品でした。「悲劇」なのに、楽しかったです!

ユーモアのある台詞、日光を思わせる照明の美しさ、俳優の皆さんの驚くべき表現の豊かさに引き込まれて、気づいたら口をあんぐり開けて観ていました。

このお話の奥深さは、人生経験の少ない私たちには完全に理解できないかもしれません。でも、アンチゴーヌもエモンも物語の中では「大人のなりかけ」で、私たちも同じような立場だと思います。彼らは周りの「大人」たちにいろいろ言われたり、反抗したりする中で、必死に自分を見つけようしていました。その姿は自分たちに重ねられて、考えさせられることも多かったです。大人になるとはどういうことなのか。この舞台は、私たち若者が観るからこそ生まれるものが、何かあるような気がしました。


私は劇場に入ってまず、十字の舞台に衝撃を受けました。そしてその舞台には形の違う2つの椅子だけ、劇場に入った瞬間からもう「アンチゴーヌ」の舞台が始まっているようでした。シンプルで不思議な空間にいるうちに、これから始まる舞台がどんどん楽しみになっていきました。
 開演後はこの世界にどんどん飲み込まれていきました。特殊な舞台を有効的に使った演出は、あの空間を色々な場所に変え、色々なことを表現していました。状況を想像しながら観る今回の舞台は今まで観たものとは少し違い、難しかったけれど、楽しかったです。蒼井優さんの役の変化がとても興味深かったです。乳母に甘える少女、姉のイスメーヌと話す妹、婚約者のエモンを心から愛するひとりの女性、クレオンと対立する女性…たくさんのアンチゴーヌがそこにいました。全てを知っても死ぬことを選んだアンチゴーヌ、そんな彼女を愛した人々、それぞれの思いがひとつひとつの言葉からも伝わってくる演技でした。
 今回はバルコニー席で観たので、1階席で観るものとはかなり違った観え方だったのかなと思います。最後の処刑のシーンで民衆が集まってきたとき、客席の人たちがその民衆のように思えたりもしました。次は1階で…。もう一度見たいなと思える舞台でした。この作品に出会うことができてよかったです。


先日は、『アンチゴーヌ』を観劇させていただき誠にありがとうございます。ご感想の方では、プロの俳優さん達は声量がすごくはっきりと声が聞こえました。また、早口なところがちゃんと聞こえるのもすごさを感じます。特に蒼井さんと生瀬さんのシーンの所が声量と早口に関しては1番印象に残っています。セリフのテンポの素早さがすごく展開を期待させてしまいました。特に生瀬さんと衛兵役の佐藤さんのシーンでセリフのテンポがお客様をアピールさせるように私は感じます。私はこの2つのシーンが大好きです。観劇をさせていただき本当にありがとうございました。


正直あまり具体的に何がという手応えがありませんでした。残っていたのは妙な高揚感。なぜか。何であれ展開が巧妙であったいうことは言えると思います。場面がブツ切れになることなく、連続性を保ったまま展開されていく物語。一瞬聞き間違えかと思うようなさりげないフランス語のMが転換を潤滑に進める支えになり、場面の中ではいつのまにか次の展開に備えてすでに照明が変化していて思わず上を見上げるなんてことも(逆に、後半では畳み掛けるようにカットを多用していたのも印象的)。これら全てが小劇場の特色を生かした、役者同士と観客の特徴的な位置関係をもたらす舞台設計のもとでこそ成り立っていたと考えると、企画が立ち上がった段階から関係者の皆さんの間では明確なゴールのイメージとそこに至る道筋が共有されていたようにも思えて、ただただすごいというか、少し恐ろしくも感じました。その上で、それでも学生主体の劇団との一番の差は演者さんの力量なのだと感じさせられる、そんな素晴らしい演技を目の当たりにできたのは何事にも変えがたい体験でした。


バイトが伸び、帰るのが遅くなった。新しい靴が擦れて、電車の中で立つことすらしんどかった。最寄りの駅に着くと、変に安堵したのか、階段で転けた。恥ずかしい。急いで立ち上がり、膝の埃を払い、散らばった荷物を集め、さっきよりも早足で歩いた。誰も声を掛けてくれない、当たり前、けれども急に寂しくなった。何の為に頑張っているのだろう。自分のいる場所が嫌いになる。家に帰ると想像よりも傷は深く、ずきずきと痛んだ。家に帰るまで気付かなかった。どうして気付かなかったのだろう。

鈍感になる事がいつのまにか正義になった。だけど、小さい頃に吸った空気の味が、無性に恋しくなって、涙が出そうになる時がある。

分からないは面白い事。そう思っていられる自分でありたい。でも、間違っているのかもしれないとも思う。そこに不安がある。

十字の舞台はどこから見ても必ず死角があり、照明は観客である私達まで照らす。知らぬ間に私は劇場の一部になったような感覚を覚えた。私はどんなに役でこの劇場に存在するのだろう。

「アンチゴーヌ」学生モニターの皆さんより感想文が到着しました!

本日初日を迎える舞台「アンチゴーヌ」、ゲネプロをご覧になった学生モニターの皆さんより、ご感想が届いております。気になっているけれどもどんな作品なのかもう少し知りたい…という方はぜひこのみずみずしい、ストレートな感想をお読みいただき、ご参考にしていただけたらと思います。


まず、セットのみどころは十字架状の通路である点だとおもいます。これにより、観客が十字のあいだに入って、より俳優にちかくなります。役者の表情だけでなく、肌の質感や衣装の質もわかりました。私にとっては、映画ではわからない、俳優が役に入っていく瞬間が体感できたことが、一番たのしかった。
一方、アンチゴーヌのストーリーが、精巧なドラマですが、私にとって感情移入はできませんでした。それは、王女が最初から死にたがっていて、結果死んでいき、その点では人間として発展性がないように見えたためです。ただ、この劇は元来そのような趣向なのかもしれません。


蒼井優さんの真っ直ぐとした目線が、何かを残酷な目線で物事を見ているようで、アンチゴーヌそのものでした。本当に手で触れられそうな距離に役者さんがいるので、物語にのめり込んでしまいました。貴重な体験をしたと喜びを感じています。あの会場だからこそ、あの近さで最も良い演出が出来たと思いました。
服装もセットもシンプルな作りになっていましたが、とても分かりやすい演出だと思いました。私は自分を突き通せなければ死んだ方がマシだという若さゆえの狂いと、生きるためならどんな事でも犠牲にするという大人ゆえの狂いがぶつかり合うところが一番面白い所です。
個人的に印象的だったのは最後に衛兵があれだけアンチゴーヌ達に関わっていたのに、仲間達と最初のように呑気に何事もなかったかのようにトランプをしているところが残酷だなと感じました。でも、きっと歴史はそうやってたくさんの人に忘れられていくことの方が多いし、私自身も衛兵達のように何かを忘れているのかな思いました。


まずは役者についてです。
それぞれが大きく動いていて、とても見やすかったです。そして喋っていない役者もしっかりと話を聞いていて不自然な感じはありませんでした。
しかし、声が所々小さくなってしまい聞き取りづらい部分がありました。またしっかりと照明の当たる部分に入っていない部分がありました。顔が暗くなってしまい表情が見えなくて分かりづらかったです。
 次に音響です。
全ての曲がカットアウトだったのがもったいないような気がしました。フェードアウトか、あげてからカットアウトなどでもいいのかなと感じました。
 照明は道の真ん中のラインが特に好きでした。
白いラインを塗っているわけでもないのにそこだけ光っていてとても不思議な感覚でした。私の友達も、そのラインを不思議がっていました。
 上に書いたことが見てて感じたことでした。プロがやっていることは自分達とはレベルが違うなと感じ、とてもいい刺激になりました。本当にありがとうございました。


私はこの人寄りの人だ、と、思って観ていても、話者が変わると、この人のこともちょっと分かるかも、と、思い、でもそうすると、そんな風に分かりたくなんかない、と、思う、正しいのか正しくないのか、善なのか悪なのか、といった、二元論では答えが出ませんでした。

十字になった特設ステージが、観客が俳優を取り囲むようなステージが、それに沿ったように真っ直ぐ伸びる白が、中央で交わる二本の白が、何のためだったのか、アンチゴーヌが横たわったとき、なるほど、と、息をつきました。

激しい音響や、照明変化の回数が限られている分、一つ一つの表現がすごく重く、自分にあたってきました。

新国立劇場で観劇させていただくのは、今回で3回目でしたが、どの公演を観ても、「ああ、これが新国立劇場なんだな」という、読後感のようなものを感じ、どの公演を観ても、私がもっと年をとって、おばあちゃんになってから、また観に来て、今日のことを思い出して、自分の生きてきた年月を噛み締めたいな、と、思います。


私はあまり観劇をする方ではないんですが客席に入ってまず、舞台演出に凄く驚きました。自分はよくある長方形の舞台を想像していたので十字のかたちをしている舞台を見た時には驚くとともにこの後どんな劇が待ち受けてるのだろうと期待に胸をふくらませていました。

劇中は役者さん方の迫真の演技を見て圧倒されてました。この悲しみをこの人はこうやって表現するんだな、など考えながら見ることが出来てとても勉強になりました。

照明で、細い直線のように光を当てるような照明を初めて見て緊張感や決して交わることのない二人(アンチゴーヌとクレオン王)の考えなどを表現しているようでとても好きでした。

今回のこの観劇を機に色々な劇を見て回りたいと思いました。とても貴重な体験をさせていただきありがとうございました。

2018年9月

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